葛飾北斎の『北斎漫画』は、人物、動物、植物、風景、建物、神仏、妖怪、伝説の人物など、目に見えるものから想像上の存在までを幅広く描いた絵手本です。初編は文化11年(1814)に刊行され、その後も巻を重ね、最終的に全15編となりました。
シリーズの刊行期間は1814年から1878年まで、六十年以上に及びます。北斎が生きている間に刊行されたのは十三編までで、十四編と十五編は没後に出版されました。The Metropolitan Museum of Artも、全15冊のセットを1814〜1878年の作品として所蔵しています。
『北斎漫画』とは
名前に「漫画」とありますが、現在の漫画のように、登場人物の物語をコマで順番に読んでいく本ではありません。人が歩く、走る、働く、遊ぶといった動き、生きものの姿、山や川、建物、道具、神話や伝説の人物などを、数多くの図として集めた本です。絵を学ぶ人の手本であると同時に、眺めて楽しむ本でもありました。
British Museumは、北斎が1812年ごろ名古屋を訪れた際に多くの即興的なスケッチを描き、それらがまとめられて1814年の初編へつながったと説明しています。『北斎漫画』はその後も人気を集め、北斎の画風やものの捉え方を広く伝える代表的な絵手本となりました。
全十五編の刊行の流れ
『北斎漫画』は最初から15冊をまとめて刊行する計画だったわけではありません。初編のあとに続編が作られ、長い年月をかけて巻数が増えていきました。十編までは文化・文政期を中心に続き、その後しばらく間を置いて十一編・十二編が刊行され、十三編は北斎が亡くなった1849年に刊行されました。さらに没後、明治時代に十四編と十五編が加わっています。
| 巻 | 刊行時期 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 初編 | 1814 | シリーズ開始 |
| 二〜七編 | 1815〜1817 | 短期間に続刊 |
| 八〜十編 | 1818〜1819ごろ | 文政初期まで続く |
| 十一・十二編 | 1834ごろ | 十編から長い間を置いて刊行 |
| 十三編 | 1849 | 北斎存命中最後の巻 |
| 十四編 | 1875〜1878ごろ | 北斎没後 |
| 十五編 | 1878 | 全15編の最終巻 |
※刊行年は所蔵館や書誌によって表記に差がある巻があります。特に三編・八編・十一編・十四編などは、資料によって年の扱いが異なるため、おおよその時期を含めて示しています。
『北斎漫画』全十五編一覧
初編 | 二編 | 三編 | 四編 | 五編 | 六編 | 七編 | 八編 | 九編 | 十編 | 十一編 | 十二編 | 十三編 | 十四編 | 十五編
1. 『北斎漫画 初編』
刊行時期:文化11年(1814)
人物の動き、動物、植物、風景、神仏など、のちのシリーズにつながる多彩な題材がすでにそろっています。
3. 『北斎漫画 三編』
刊行時期:文化12年(1815)ごろ
人物、植物、動物、魚、鳥、風景などを収録。雀踊りのように、動きの変化を続けて見せる図も楽しめます。
4. 『北斎漫画 四編』
刊行時期:文化13年(1816)
人物や動植物だけでなく、神話や伝説に関わる題材まで広がり、北斎の発想の幅がよく分かります。
6. 『北斎漫画 六編』
刊行時期:文化14年(1817)
人物から動植物、風景、神話上の人物まで、対象によって線や形を描き分ける北斎の観察力を見られます。
8. 『北斎漫画 八編』
刊行時期:文政元年(1818)ごろ
人物、植物、動物、魚、鳥、風景、神話上の人物などを収録し、自然と空想の両方へ向かう北斎の視線が見えます。
10. 『北斎漫画 十編』
刊行時期:文政2年(1819)
身近なものから神話・伝説に関わる題材まで、さまざまな形と動きを絵手本として見せる巻です。
11. 『北斎漫画 十一編』
刊行時期:天保5年(1834)ごろ
十編から長い間を置いて刊行された後期の巻。七十代半ばの北斎がなお幅広い題材を描いています。
12. 『北斎漫画 十二編』
刊行時期:天保5年(1834)
人物や自然、神話・伝説の世界まで、七十代の北斎の関心が変わらず広がっていることが分かります。
13. 『北斎漫画 十三編』
刊行時期:嘉永2年(1849)
北斎が亡くなった年に刊行された、存命中最後の『北斎漫画』。長いシリーズの大きな区切りとなる巻です。
14. 『北斎漫画 十四編』
刊行時期:明治初期(1875〜1878年ごろ)
北斎没後に刊行された巻。江戸時代に始まった『北斎漫画』が明治まで読み継がれたことを示します。
15. 『北斎漫画 十五編』
刊行時期:明治11年(1878)
片野東四郎が編集した北斎没後の最終巻。1814年に始まった『北斎漫画』全15編の最後の一冊です。
十三編までと、十四編・十五編の違い
北斎は嘉永2年(1849)に亡くなりました。同じ年に十三編が刊行されているため、十三編までが北斎の存命中に世に出た『北斎漫画』です。一方、十四編と十五編は北斎の死後に刊行されました。とくに十五編は明治11年(1878)に片野東四郎が編集して刊行した巻で、北斎の死から約30年後の出版です。
そのため、十四編・十五編を北斎が晩年に新しく一冊ずつ完成させたものとして見るのではなく、北斎が残した図や版木をもとに、没後も出版が続いた巻として考える必要があります。江戸時代に始まった一つの絵手本が、明治時代まで求められ続けたこと自体が、『北斎漫画』の大きな特徴です。
『北斎漫画』のおもしろさ
15冊を続けて見ると、北斎が特定の題材だけを描く画家ではなかったことがよく分かります。人の顔や姿勢、仕事や遊びの動作、犬や猫、鳥、魚、虫、草木、山や川、建物、道具、神仏、伝説上の人物まで、身の回りにあるものも想像上のものも区別せず、描く対象として取り込んでいます。
もう一つの見どころは「動き」です。人が走る、踊る、力を入れる、転ぶといった一瞬の姿を、輪郭や手足の向きで分かりやすく表しています。静止した絵でありながら、その前後の動作まで想像できる図が多く、北斎が形だけでなく、ものがどのように動くのかまで観察していたことが伝わります。
参考資料
The Metropolitan Museum of Art「Hokusai Sketchbooks, Volume 1 to 15」
British Museum「A timeline of Japanese artist Katsushika Hokusai」
British Museum「Hokusai: the father of manga?」
国立国会図書館「北斎漫画 15編」














