近世怪談霜夜星きんせいかいだん しもよのほし』は、江戸時代後期の戯作者・柳亭種彦りゅうてい たねひこが書き、葛飾北斎かつしか ほくさいが挿絵を描いた読本です。

第一巻では、若い武士・伊兵衛が笠森観音で花子という女性と出会い、やがて山賊との争いへ巻き込まれていきます。しかし、この巻だけで物語が完結するわけではありません。ここで始まった恋や恨み、人と人とのつながりが、後に「於沢冤鬼」として描かれるお沢の怨霊へと続いていきます。

文章だけを読んでも面白い物語ですが、『霜夜星』には北斎が描いた挿絵があります。原本を最初から順に見ながら物語を現代語で追うと、北斎が何を見せようとしたのかも分かりやすくなります。

全5巻なのだが、1巻が壮大なエピローグに過ぎないという展開をやる度胸は凄いと思います。

内容をまとめてると

『近世怪談霜夜星』は、柳亭種彦が物語を書き、葛飾北斎が挿絵を描いた江戸時代の読本です。第一巻では、若い武士・伊兵衛と花子の出会いから、和田山で起こる山賊との戦いまでが描かれます。

『近世怪談霜夜星』について

作者は柳亭種彦、挿絵は葛飾北斎。全5巻からなる読本よみほんです。

読本は江戸時代後期に盛んになった小説の一種で、文章を読むことが中心ですが、物語の節目には大きな挿絵が入ります。読者は文章から出来事を知り、挿絵によって登場人物の姿や事件の様子を具体的に見ることができました。

北斎というと、現在は富士山や波を描いた風景画がよく知られています。しかし『霜夜星』が刊行されたころには、小説の挿絵でも活躍していました。

画像では左側から「霜夜星序」が始まり、右側には本の意匠とともに「繪師 北斎」の文字が確認できます。

物語へ入る前から、文章を書く種彦と、絵によって物語を見せる北斎という二人の存在が示されています。

物語を読む前の「霜夜星序」

『霜夜星』には、本編の前に柏菴玉豕はくあんぎょくしによる序文があります。

ある夜、柏菴玉豕が家で本を読んでいると、柳亭種彦が訪ねてきました。

種彦は言います。

「『霜夜星』はほぼ完成しました。版木を彫る仕事も終わり、いよいよ世に出すところです。ただ一つ足りないものがあります。あなたの序文です」

柏菴玉豕は以前から序文を書く約束をしていましたが、日々の用事に追われ、まだ書いていませんでした。そこで種彦から渡されていた『霜夜星』を読み直します。

その中で、作品全体を理解するうえで重要な言葉が出てきます。

原文ではこう書かれている

天道恢々、疎にして漏らさず。積善には慶有り、積惡には殃有り。

現代語にすると、

天の道は広大で、一見すると大ざっぱに見えても、決して何一つ見逃さない。善い行いを積めば幸いがあり、悪い行いを積めば災いがある。

という意味です。

『霜夜星』では、人が行ったことが後の出来事につながります。人を助けた行いが自分を救うこともあれば、欲望や裏切りが恨みとなって返ってくることもあります。

つまり『霜夜星』は、ただ突然幽霊が現れて人を驚かせる怪談ではありません。人間が作り出した「因縁」が、最後には怪異となって現れる物語でもあります。

目次

北斎が先に見せる『霜夜星』の登場人物

本編が始まる前には、北斎による人物の口絵が続きます。

ここで面白いのは、第一巻ですぐに活躍する人物だけではなく、後の巻で重要になる人物まで先に姿を見せていることです。

原本を読む人は、まだ詳しい事情を知らないまま、これから物語を動かしていく人々の姿を見ることになります。

侍女歌次と側女於花

侍女歌次・側女於花の口絵

二人の女性が向かい合うように描かれています。

衣服の模様や髪型、持ち物まで細かく描き分けられていますが、この段階では人物同士の関係までは詳しく説明されません。

口絵は、いわば物語の「出演者紹介」です。読者は名前と姿だけを先に覚え、後に本文の中でその人物が現れたとき、「最初の絵に描かれていた人物だ」と気づくことになります。

高西伊兵衛と於沢冤鬼

高西伊兵衛・於沢冤鬼の口絵

 

右に描かれているのが高西伊兵衛たかにし いへえ。第一巻の中心人物です。

そして左には「於沢冤鬼おさわえんき」と書かれた女性が描かれています。

「冤鬼」とは、恨みを残して死んだ者の霊です。

ここには重要な仕掛けがあります。

第一巻の本文では、まだお沢の怨霊は登場しません。それどころか、この巻で伊兵衛が心をひかれる女性は花子です。

それなのに読者は、物語が始まる前からお沢が怨霊になることを知らされているのです。

北斎の絵を見る|恐ろしい結果を先に見せる

お沢は、普通の女性としてではなく、すでに異様な姿となった「冤鬼」として描かれています。

つまり『霜夜星』は、「怨霊が出るのか、出ないのか」を最後まで隠す物語ではありません。

むしろ、なぜ伊兵衛はこの女性から恨まれることになるのか。

そこへ至る過程を読ませる構成です。

第一巻を読み終えたあと、この口絵へ戻ってみると、最初に見たときとはかなり印象が変わります。

卯田官太夫と花方求次郎

卯田官太夫・花方求次郎の口絵

この二人も巻頭に描かれています。

第一巻だけを読んでいる段階では、花方求次郎はながた もとじろうはまだ物語の中心人物ではありません。

しかし第一巻の最後で種彦は、伊兵衛のその後に起こった十年以上の出来事について、次の巻に登場する花方求次郎の物語から推し量ってほしいと説明します。

つまりこの口絵は、第一巻だけではなく、その先の物語を予告する役割も持っています。

修行者圓曉と津嶋尼

修行者圓曉・津嶋尼の口絵

修行者圓曉しゅぎょうじゃ えんぎょう津嶋尼つしまにも、後の物語へつながる人物として最初から姿を見せています。

第一巻だけでは分からない人物まで口絵に含めることで、『霜夜星』が一巻だけで終わる小さな怪談ではなく、多くの人物の因縁が絡み合っていく長い物語であることが伝わってきます。

第一巻「笠もりの由来」

人物口絵が終わると、いよいよ第一巻の物語が始まります。

舞台は上総国の笠森観音です。

多くの人々が集まり、鉦を鳴らしながら御詠歌を唱えています。

原文ではこう書かれている

日は暮るゝ、雨は降る、野に袖ぬれて、たどる旅路に頼む笠もり。

現代語にすると、

日は暮れ、雨も降ってきた。野道を歩けば袖もぬれる。そんな旅路で頼りになるのは笠森さま。

といった意味です。

この日は御開帳の初日で、境内には大勢の人々が集まっていました。

その中で、笠森観音の由来が語られます。

観音へ笠をかぶせた娘・波木

昔、この土地に農夫が住んでいました。その娘を波木なみきといいます。

波木は朝早くから働き、親孝行をする娘でした。

ある日、山を通りかかると、雨にさらされている観音像を見つけます。

「このままでは仏さまが雨にぬれてしまう」

そう思った波木は、自分がかぶっていた笠を脱ぎ、観音像へかぶせました。

すると不思議なことが起こります。

激しい五月雨が降り続けているのに、波木の身体には雨が一滴も当たりません。

その様子を身分の高い人物が見て波木を気に入り、やがて波木と父親は豊かな暮らしができるようになったといいます。

これが物語の中で語られる笠森観音の由来です。

波木が観音に笠をかぶせる場面 激しい雨と観音の光が描かれた北斎挿絵

北斎の絵を見る|斜めの雨と、観音から広がる光

この挿絵は、本文を読むことでかなり見え方が変わります。

画面の大部分を、斜めに走る無数の線が埋めています。激しい雨です。

ところが観音像の周囲を見ると、雨とは別に細かな線が放射状に広がっています。

つまり北斎は、斜めに降りつける雨と、観音から外へ広がる光を違う方向の線で描き分けています。

本文で重要なのは、単に「雨の日だった」ということではありません。

これほど激しい雨なのに、波木には雨が当たらない。

その奇跡を強く見せるため、北斎はむしろ雨を極端なほど激しく描いているのです。

そして物語とし

て見れば、これは序文の「善い行いには幸いが返る」という考え方を最初に見せる場面でもあります。

若い武士・伊兵衛

笠森観音へ集まった人々の中に、一人の若い武士がいました。

高西伊兵衛です。

伊兵衛は房州の山里に生まれ、幼いころから江戸のある屋敷に仕えていました。

しかし故郷の父・文治兵衛が病気になったため、主人に暇をもらって帰郷します。懸命に看病しましたが、父は亡くなりました。

喪が明けると、伊兵衛は考えます。

「このまま山里で何となく一生を過ごすのではなく、別の土地へ出て、もう一度家の名を立て直そう」

こうして旅へ出た途中で、笠森観音へやってきたのでした。

まだ二十歳にもならない若者ですが、田舎育ちとは思えないほど教養があり、風流を好む青年として描かれています。

伊兵衛と花子の出会い

夕方になり、伊兵衛が宿へ帰ろうとしていると、二人連れの女性が目に入りました。

一人は三十歳ほど。

もう一人は十六歳ほどの美しい娘です。

この娘が花子でした。

原文ではこう書かれている

貌は暮れゆく春を惜しむ桃花の如く

過ぎていく春を惜しむように咲く桃の花。そのように美しい顔だったというのです。

柳の葉のような眉、艶のある髪。その美しさは「絵に描いても描ききれず、文章でも言い尽くせない」とまで書かれています。

やがて春雨が降り始め、伊兵衛は近くの茶店で雨宿りをします。

すると花子と姉も同じ茶店へ入ってきました。

姉の話によれば、二人は身寄りを失い、頼れる叔父を訪ねてこの土地まで来たものの、その叔父にも会えず、姉妹だけで暮らしているといいます。

伊兵衛は花子に心をひかれました。

そして花子もまた、伊兵衛を意識し始めます。

花子に迫る大男

そこへ、山のように大きな男が現れました。

以前から花子を妻にしたいと申し込んでいた男で、返事をもらえないことに腹を立てています。

男が花子へ乱暴に迫ったため、伊兵衛は穏やかに止めました。

すると男は怒り、履いていた板草履で伊兵衛を殴ろうとします。

伊兵衛はひらりと身をかわし、男の腕をつかみました。

「私は今こそ落ちぶれているが、もともとは刀を差す武士だ。お前のような者に簡単に殴られると思うか」

そう言って、男を地面へ投げ倒します。

男は、

「この仕返しは必ずする。覚えていろ」

と言い残して逃げていきました。

伊兵衛が大男を倒した場面

北斎の絵を見る|倒された男は、ここで終わらない

北斎が描いたのは、技をかける途中というより、男がすでに地面へ倒されたあとの場面です。

立っている者と倒れている者をはっきり分けることで、勝敗が一目で分かります。

ところが第一巻を最後まで読むと、この男が雲舞の半六という悪党であることが分かります。

半六はこれで物語から消えるわけではありません。

むしろこのあと、花子姉妹を襲う人物として再び現れます。

そのため、一見すると悪者を懲らしめた痛快な絵ですが、物語全体から見ると、後の悲劇が始まる場面でもあります。

花子が残した扇

半六が去ったあと、花子姉妹も伊兵衛へ礼を言って帰っていきました。

伊兵衛は花子のあとを追いたいと思いましたが、茶店を見ると一本の扇が残されています。

花子の扇でした。

開いてみると、紅筆で言葉が書かれています。

原文ではこう書かれている

扇の風の吹きもつたへよ

花子もまた、伊兵衛を一目見たときから心をひかれていました。

けれど直接は言えない。

そこで、

扇の風よ、私の思いをあの人へ伝えておくれ。

という気持ちを書き残したのです。

伊兵衛は、

「花子も私を思ってくれていたのか」

と驚き、急いであとを追います。

しかし途中で騒ぎに遭い、花子たちを見失ってしまいました。

清水が血に変わる

宿へ戻った伊兵衛でしたが、花子のことが頭から離れません。

眠れないまま庭へ出て、花を折ろうとしたとき、石につまずいて足を傷つけます。

宿の前には清らかな水が流れていました。

そこで傷を洗い、口をすすぎます。

最初の水は清らかで、甘く感じるほどでした。

しかし、もう一度口へ含むと――。

水が鮮やかな血に変わっていました。

「この上流で何か恐ろしいことが起きているに違いない」

伊兵衛は、その原因を確かめるため水の流れをさかのぼっていきます。

水辺を進み、和田山へ向かう伊兵衛

北斎の絵を見る|事件ではなく「事件へ向かう時間」を描く

北斎は、水が血に変わった瞬間そのものを大きく描いてはいません。

描かれているのは、川沿いを進んでいく伊兵衛です。

周囲には水、岩、草木が広がり、伊兵衛はその自然の中へ置かれています。

まだ山賊も死者も見えません。

読者はすでに「川に血が流れている」と知っていますが、伊兵衛自身はその原因を知りません。

何が待っているのか分からない時間そのものを描く。

怪物を直接描かなくても不安を作れるところが、この挿絵の面白さです。

和田山の辻堂

川をさかのぼると、和田山という高い山が現れます。

山には露や雲が立ちこめ、滝が落ち、松や柏が深く枝を重ねています。月の光さえ届かないほど暗い場所でした。

険しい道を登ると、半ば朽ちた辻堂があります。

すると中から、女性の叫び声が聞こえました。

伊兵衛が飛び込むと、一人の女性が柱に縛られ、もう一人は大男に襲われています。

その女性から流れ出した血が谷川へ入り込んでいました。

先ほど伊兵衛が口にした血の水は、ここから流れてきたものだったのです。

「山賊め!」

伊兵衛は男へ飛びかかります。

すると山賊が小さな笛を吹きました。

岩陰から、林の中から、仲間の山賊が次々と現れます。

その数は十数人でした。

和田山で伊兵衛と山賊たちが戦う場面

北斎の絵を見る|時間の違う出来事を一枚に入れる

この挿絵には多くの人物が描かれています。

縛られた女性、襲われている女性、戦う男、倒れている男、これから襲いかかろうとする者。

文章では一つずつ順番に起きる出来事ですが、北斎はそれらを一つの画面に入れています。

つまり写真のような「一瞬」を描くのではなく、少し前から少し後までを一枚に圧縮していると見ることができます。

画面の人物を順に目で追うと、物語そのものが動いているように感じられます。

山が鳴り、すべてが闇に包まれる

伊兵衛は十数人の山賊を相手に戦い続けます。

相手は多勢で、しかも山道を知り尽くしています。それでも伊兵衛は武術を身につけており、簡単には倒されません。

ところが突然、山全体が大きく鳴り響きました。

激しい風が吹き、雲が湧き上がります。月の光が消え、周囲は真っ暗になりました。手を伸ばしても、自分の手さえ見えません。

伊兵衛は敵の声や足音だけを頼りに戦います。その混乱に乗じ、山賊たちは捕らえていた女性を連れて山を下り始めました。

このときの異変は、ただ天候が急変しただけではありません。後に光明寺の僧から、和田山には昔から「乱れ焼きの刀」や「羊頭の矢の根」を持って登ってはならないという言い伝えがあることを聞かされます。

禁じられた品を持って山へ入ると、大雨が降ったり、雷が落ちたり、ときには命を失うことさえあるとされていました。

そして伊兵衛が持っていた刀は、まさに乱れ焼きの刀でした。

つまり山鳴り、暗闇、暴風雨、雷という異変は、和田山そのものにまつわる怪異として描かれているのです。

舟は流れ、女性は死んでいた

山賊たちは川へ出ると、舟橋へ飛び乗ります。

伊兵衛もあとを追いました。

しかし舟をつないでいた綱が切れ、舟はそのまま川下へ流されてしまいます。

伊兵衛だけが取り残されました。

辻堂へ戻り、傷ついて倒れていた女性を起こそうとします。

しかし手は冬の氷のように冷たく、すでに亡くなっていました。

そのとき激しい風雨となり、季節外れの雷まで鳴り始めます。

黒い空、稲妻、と伊兵衛

北斎の絵を見る|闇の中へ遠ざかる舟

この挿絵でまず目に入るのは、画面の大部分を覆う黒い闇と、そこを鋭く走る白い稲妻です。

左下には、倒れた女性のそばにいる伊兵衛が描かれています。本文では、伊兵衛が辻堂へ戻って女性を起こそうとしたものの、すでに息絶えていたことが語られています。

一方、画面右上には舟が小さく描かれています。ただし、舟の中に花子や山賊の姿をはっきり確認することはできません。

本文では、山賊たちが捕らえた娘を連れて舟橋へ乗り、伊兵衛が追おうとしたところで綱が切れ、舟がそのまま流されていきます。そのため、この右上の舟は、その出来事を示していると考えられます。

北斎は、連れ去られる人々を細かく描くのではなく、闇の中に遠ざかる舟だけを小さく置いています。左下では伊兵衛が死者のもとに残され、右上では舟が遠ざかっていく。画面の大きな空白と黒い闇によって、両者が引き離されたことが強く感じられます。

さらに後の本文では、和田山には「乱れ焼きの刀」を持って登ると大雨や雷が起こるという禁忌が語られます。伊兵衛の刀もまさに乱れ焼きでした。画面を覆う黒雲と稲妻は、単なる悪天候ではなく、和田山の怪異を表しているのでしょう。

「機語下」へ――光明寺と形見の簪

舟の見開き 「機語下 光明寺 形見の簪」

ここで第一巻は「機語下」へ移り、「光明寺」「形見の簪」の物語が始まります。

見開きには舟が大きく描かれ、その上から次の本文が始まっています。

この絵については、描かれているすべての人物を無理に特定するよりも、第一巻前半の和田山での事件から、後半の物語へ移る位置に置かれた見開きとして見るのがよいでしょう。

北斎の挿絵は物語の一場面だけでなく、こうした章の切り替わりにも使われています。

光明寺で目を覚ます伊兵衛

和田山で力尽きた伊兵衛は、意識を失いました。

次に目を覚ますと、目の前には阿弥陀如来があり、灯明の光が揺れています。

「私は死んで極楽へ来たのだろうか」

そう思っていると、一人の老僧が近づいてきました。

「落ち着きなさい。ここは昨夜あなたが盗賊と戦った和田山の麓、光明寺という寺です」

村人たちは倒れていた伊兵衛を死んだものと思い、寺へ運んできたのだといいます。

ところが老僧が身体を確かめると、わずかに温かさが残っていました。

そこで薬を与えたところ、伊兵衛は息を吹き返したのでした。

なぜ和田山は突然荒れたのか

伊兵衛から昨夜の出来事を聞いた光明寺の僧は、和田山に伝わる不思議な言い伝えを話します。

いつから始まったのかは分からないものの、この山では「乱れ焼きの刀」と「羊頭の矢の根」を持った者が登ることを禁じているというのです。

もし禁を破って山へ登れば、大雨が降り、雷が落ち、命を失うこともある。さらに、わずかな木の枝が頭へ落ちただけなのに、刀で斬られたように身体が二つになった者までいたと語られます。

そこで伊兵衛は自分の刀を確かめます。

伊兵衛の刀は、関で作られた無銘の刀で、刃には乱れ焼きが施されていました。

これによって伊兵衛は、昨夜突然山が鳴り、雲が広がり、暴風雨と雷に襲われた理由を知ります。

さらに刀を取り上げて見ると、山賊との激しい戦いによって刃はことごとく欠け、「鋸の如く」――まるで鋸の歯のような状態になっていました。

第一巻の和田山は、単に山賊が住む危険な山ではありません。人間の争いに加えて、山そのものに怪異が存在する場所として描かれているのです。

人を助けようとした伊兵衛も助けられた

伊兵衛は老僧に、昨夜起こったことをすべて話しました。

花子と出会ったこと。清水が血に変わったこと。血をたどって和田山へ行ったこと。そして、見知らぬ女性が山賊に襲われていたため、助けようと戦ったこと。

すると老僧は言います。

「盗賊を憎み、苦しめられていた女性をかわいそうに思い、自分の命さえ顧みず助けようとした。その心があったからこそ、あなたも命を失わずに済んだのでしょう」

第一巻冒頭の笠森観音の話とよく似ています。

波木は雨にさらされる観音を助け、その善い行いによって奇跡に守られました。

伊兵衛もまた、名も知らない女性を助けようと命を懸け、その結果として自分の命を救われます。

序文に書かれていた「積善には慶有り」という考え方が、第一巻の物語の中で繰り返されています。

襲われていた女性は花子姉妹だった

やがて村人たちが寺へ集まってきます。

伊兵衛は、昨夜襲われていた女性たちが誰だったのか尋ねました。

そこで衝撃的な事実を知ります。

殺されたのは花子の姉。

そして山賊に連れ去られたのは――花子でした。

さらに、花子を連れ去った男が、笠森観音の茶店で伊兵衛が投げ倒した大男だったことも分かります。

男の名は雲舞の半六くもまいの はんろく

半六は花子を妻にするつもりなどありませんでした。

花子をどこかの遊里へ売り、金にしようとしていたのです。

姉が邪魔になったため、殺したのでした。

伊兵衛は涙を流します。

昨夜は相手が花子姉妹だとは知らず、ただ襲われている女性を助けようとして戦いました。しかし結果として、それは花子を救うための戦いになっていたのです。

花子の形見となった銀の簪

村人の一人が、一本の簪を伊兵衛へ差し出しました。

「和田山の草堂に落ちていました。せめて形見としてお持ちください」

それは昨日、花子が身につけていた銀の簪でした。

しかも、そこには乱れた髪の毛が絡みついていました。

半六に捕らえられ、花子が激しく抵抗したときに落ちたのでしょう。

笠森観音では、花子は自分の気持ちを伝えるために「扇」を残しました。

そして和田山の事件のあと、今度は本人の意思とは関係なく「簪」が残されます。

第一巻の中で伊兵衛の手元には、花子本人ではなく、彼女が身につけていた品ばかりが残ることになります。

花子の父・念仏兵蔵

村人は、花子姉妹の父についても話します。

名は蘆部兵蔵あしべ ひょうぞう

虫一匹も殺さないほど慈悲深い人物で、刀や脇差などにも「南無佛」の文字を入れていました。

そのため人々からは「念仏兵蔵ねんぶつひょうぞう」と呼ばれていたといいます。

それほど慈悲深い人物の娘でありながら、姉は殺され、花子は連れ去られてしまいました。

『霜夜星』の因果は、「親が善人なら子供も必ず幸せになる」という単純なものではありません。

さまざまな人物の行動が絡み合い、それぞれ別の因縁を作っていきます。

「必ず花子を探し出す」

伊兵衛は決意します。

たとえ花子がどこの村をさまよっていても。

たとえ遊女として売られてしまっていても。

心まで失っていないのであれば、必ず探し出す。

数日間、光明寺に滞在して薬を飲み、身体を回復させた伊兵衛は、亡くなった姉を手厚く葬りました。

そして僧たちに供養を頼み、再び旅支度を始めます。

第一巻はここで終わらない――十年以上が一気に飛ぶ

伊兵衛は花子を探すため旅立ちます。

ところが第一巻の最後で、柳亭種彦は驚くほど大胆に時間を飛ばします。

その後、伊兵衛は武蔵国へ向かい、お沢という女性の家へ婿に入り、再び花子と出会います。

そして、お沢を欺いて捨てることになる――。

その間には十年以上のさまざまな出来事があったと書かれています。

しかし種彦は、詳しく書けば長くなるので、ここでは語らないとしてしまいます。

その空白は、後の巻に登場する花方求次郎の物語などを読むことで、少しずつ分かるようになっています。

巻頭にすでに花方求次郎の姿が描かれていた理由も、ここで見えてきます。

なぜ第一巻なのに「第一回」ではないのか

第一巻の最後には、さらに面白い説明があります。

種彦はこの一巻を「機語」としています。

そして第二巻から「第一回」を始めるのです。

つまり第一巻は、本格的な物語へ入る前に必要な出来事を描いた、非常に長い序章のような巻です。

笠森観音で伊兵衛と花子が出会う。半六との争いが起こる。花子姉妹が襲われる。花子が連れ去られる。伊兵衛が花子を探す。その後、お沢と結婚する。そして花子との再会によって、お沢を捨てる。

ここで作られた因縁が、巻頭ですでに北斎が描いていた「於沢冤鬼」へと続いていきます。

第一巻を読み終えて、もう一度北斎の口絵を見る

第一巻を読み終えたあと、最初の人物口絵へ戻ってみると、その意味がかなり変わります。

最初に見たときの伊兵衛は、一人の若い武士にすぎません。

於沢冤鬼も、まだ正体の分からない恐ろしい女性です。

しかし第一巻を読み終えるころには、伊兵衛が花子と出会い、花子を探す旅に出て、その後お沢と結婚することまで分かっています。

序文ではさらに、伊兵衛がお沢を捨て、その恨みが怨霊へつながることまで予告されています。

北斎の口絵は、単なる登場人物の肖像ではありません。

これから起きる物語の結果を、本文より先に読者へ見せていたことになります。

本文を読むと、北斎の挿絵も違って見える

『近世怪談霜夜星』の挿絵は、画像だけを見ても楽しむことができます。

しかし本文を読むことで、絵の意味はさらに具体的になります。

笠森観音の場面では、斜めの雨と観音から広がる光を描き分け、波木に起きた奇跡を見せています。

半六との争いでは、倒れた男と立つ人物を使って勝敗を一目で伝えながら、その後の悲劇の原因となる瞬間を選んでいます。

和田山へ向かう場面では、山賊や怪物を描かず、水や岩の中を進む伊兵衛だけを見せ、何が待っているのか分からない不安を作ります。

山賊との戦いでは、時間の違う複数の出来事を一枚に詰め込み、戦いが動いているように見せています。

そして雷雨の場面では、黒い空と白い稲妻の中で、逃げる舟と取り残された伊兵衛を同時に描きます。

北斎は、文章に書かれた内容をそのまま絵に写しているわけではありません。

物語の中から「一枚の絵にしたとき最も強く見える瞬間」を選び、さらに文章にはない画面の構成によって感情まで見せています。

『近世怪談霜夜星』は、種彦の文章と北斎の挿絵を一緒に見ることで、本来の面白さがより分かりやすくなる作品です。

そして第一巻は、これから始まる長い怪談の「原因」を描いた巻でした。

物語は第二巻へ続きます。